2021

Vol.05

ベン・シャーンと野田英夫

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 時間別予約制

【 会 期 】 2021年10月28日(木) -  12月21日(日) 

【 開館日 】 会期中の〔木〕〔金〕〔土〕〔日〕曜日

【展示作家】  ベン・シャーン  /  野田英夫

【作品協力】  みぞえ画廊

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 野田英夫「Scottsboro Boys」

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 野田英夫「キングストン風景」

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ASAKUSA(2019)

TOKYO・2015

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ベン・シャーン

「死んでゆく人の枕もと」

 ベン・シャーン

「愛にみちた多くの夜の回想」

野田英夫「ミルバレー草上にて」

ベン・シャーンはリトアニア出身で、モチーフを大きな構図で簡潔に表現するところが特徴の画家です。大戦中から多くの移民画家を受け入れたアメリカで活躍した彼ですが、彼や彼の家族のあいだで受け継がれたのはヨーロッパの伝統でした。アンフォルメルやアクションペインティングなど新しい芸術が台頭した芸術の中心地の動向に反して、ベン・シャーンは社会派的なリアリズムに芸術的な価値を見出しました。それは反権力のイデオロギーの旗印ともなりますが、それと同時に庶民の側に立った社会批判であり、多民族国家として繁栄するアメリカを尊重しながらも鋭い視点で風刺する絵画でした。 野田英夫はアメリカ生まれの日系人ですが、オークマランドの仏教界の門をくぐったことで、日本文化の独特な美意識への関心を呼び起こした画家です。貧乏暮らしの中で、ベン・シャーンからの影響も受けることにより、社会の下層階級の人々へ共感が彼の興味を占めるようになります。それは社会派と呼ぶにはややか細い輪郭で、現実に傾いたというよりも、夢の世界を思うような神秘性や、内面性が感じられるものです。そして、それは時に人間が神々しい存在にまで引き上げる作品であり、信仰との結びつきを持った共感の眼差しです。 アメリカを愛しながら、差別や社会の亀裂には抵抗した二人の画家の展示です。

私たちはスコッツ・ボロボーイズ

「私は法廷を見渡した。その白人は小さな笑顔を浮かべました」これはヘイウッドパターソンが1931年4月9日に3人の死刑囚のうちの最初の一人となった直後の記述だ。パターソンは二人の白人の少女を暴行したとして告発された9人のアフリカ系アメリカ人のティーンエイジャーの1人で、その年の3月25日にテネシスのチャタヌーガを出発した南部鉄道貨物列車に乗っていた。18歳のパターソンは、連れの仲間とともに、乗客の白人たちとの争いに巻き込まれた。10代の四人の若者と、争いに加わらなかった他の5人の黒人乗客は、アラバマ州パルントロックで列車から降ろされた。同じ列車に乗っていた2人の白人の女の子は、9人の少年一団を非難した。後にレイプの罪を被せた。あからさまな嘘に基づく深刻な告発により、アラバマ州スコッツボロで少年たちが婦女暴行の罪で逮捕され、裁判にかけられた。無慈悲にも裁判長のA.E.ホーキンスは死刑の判決を下した。 パターソンの伝記に記載されている法廷のシーンは、いわゆるスコッツボロ・ボーイズにとって長い悪夢でした。1931年4月から2013年4月19日まで、アラバマ州知事のロバートベントレーが、9人の死刑判決を受けた少年のうち最後の3人を赦免してからも、パターソンと彼の同胞は、暴徒による私刑と脅迫を受け続けました。 事件は国の重要性を帯び、人種的、政治的、イデオロギーの面でのアメリカの南北間の激しい戦いを象徴しました。 スコッツボロ・ボーイズを応援して作成された芸術作品の中でも興味深い絵画は、内容が難解なままで現存されています。 1933年、カリフォルニア生まれの画家である野田秀夫(1908-1939)は、スコッツボロボーイズを描きました。

 

ShiPu Wang「We are Scotsboro boys」より

訳 小西政幸

HOKUBU記念絵画館

HOKUBU Memorial Picture Museum